とらトラ虎之助-ニャンでもない日常 それが幸せ-

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<<   作成日時 : 2010/11/20 16:23   >>

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“気をおける人” というのは、そんなに出会えるものでもありません。
また、そのような関係を築くのにも、それなりの時間を要するものです。

先日、そのような人物と何年かぶりに食事を共にしました。
思い出せないくらい久しぶりに会ったはずなのに、そんなことは全く感じませんでした。

お互いに「久しぶり」の一言も無し。
待ち合わせも、時間と駅名だけ決め、場所は決めなくても「たぶん、見つけられるんじゃない?」という感じ。
それでも電話連絡もせず、ちゃんと会うことが出来るから不思議です。

食事をしながら、「こんなことがあった。あんなことがあった。」と、何でもない話をする。

その中で気付いたのが、同じ内容の話をしても人によって全く反応が違うんだな〜・・・ということでした。
当然といえば当然ですが。

「へ〜・・・」の一言で終わる人もいれば、「そうなんだー。あ、私の場合もね・・・」と自分のことを話し出す人もいました。「いろいろあるんだね。」と、当たり障りのない反応を見せる人もいます。

その人の場合は、「それは何なの?」「どうしてそんなことしてみようと思ったの?」と、深く掘り下げていきます。
話下手なので、どうしても話を端折る癖があるのですが、「すごく端折ったね」と見逃しません。

自分の感情や考えをひとつずつ説明していくことになります。
相手の表情、返答から自分が発した言葉への反応もその場で受けることになります。

そういう人と人とのやりとりというのは、きっと面倒くさい事だと思います。
でも、その面倒くさい事を抜きにすれば、人と人との関係というのは築けないのではないでしょか。

「へー」の一言で終われば、会話はそこで終わり。
それ以上のことを語ることもありません。その相手には別の会話を選択します。

「私はね、私はね」ばかりの相手には、自分のことは聞いてくれないんだな〜・・・と、聞いてくれる別の相手を探します。その場は相手合わせの会話になります。

当たり障りのない反応の人には、当たり障りのない会話をします。

そんなことを繰り返しながら、相手によって会話を選び、人間関係の深さが出来ていくのかな〜・・・と感じました。

インターネットやメールが普及している現在ですが、生の言葉で“会話を交わす”ということも非常に大切なことではないかな、と最近は思います


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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
言葉の使い方が間違っていました
この場合、“気のおける人”ではなく、“気が置けない人”とのお話でした。
正しい意味で使っているつもりが、まだまだ意味を取り違えている言葉が多いようです
tranosuke
2011/09/12 09:30

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