とらトラ虎之助-ニャンでもない日常 それが幸せ-

アクセスカウンタ

zoom RSS 生きるという事

<<   作成日時 : 2011/03/03 12:13   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

何かに追われている状況は好きではない私。

何かに追われているな〜・・・バタバタしているな〜・・・と感じた時は、風車を手に取ります。

ふーっと息を吹きかけ、くるくるくる。ピタッ。ふーー。くるくる。ぴたっ。ふーー。くるくるくる・・・

そんなことを延々と繰り返します。

傍から見たら少し変わった光景。

「何してるの?」と聞かれれば、間違いなく、「風車回してるの」と答えます。

この場合の「何してるの?=何でそんなことをしているの?」なのでしょうが、聞かれたままに答えます。

そうすると、次第に落ち着いてくるんですよね

そんな光景を見かけたら、暫く温かく見守っていてください。


さて、先日こんなことを言っている方がみえました。

誕生日を一区切りとすると、『それまでの歳の人生を、次の1年は生きることになる』

どういうことかな〜〜??と、暫く考えました。

例えば、10歳の人間は次の歳を、今まで生きてきた10年分の知識や経験、人間関係を背負って生きることになります。
30歳の人間は、同じように次の歳を30年分の人生を背負って生きることになります。
60歳の人間も同じ。

その中には、得てきたもの手放してきたもの、出会った人別れた人、何もかもが詰まっています。
密度が濃ければ濃いほど、次の歳は忙しくなるかもしれません。
隙間が多ければ多いほど、次の歳は空白が多いかもしれません。

多くの場合、ある一定の歳まではとにかくひたすら吸収。望んで手に入れるものもあれば、望まないのに転がり込んでくる。そんなこんなで忙しくなるばかり。
しかし、一定の歳を過ぎれば、取捨選択が明確に出来、また望まなくても離れていくものもあり次第に隙間が増えてくる。

そういう事が、人が生きていくという事なのかな。

風車は風が来ないと回らないけれど、私たちは自分の意思で進んだり止まったりすることが出来る。

「背負う」って考えると何だか重く感じるけれど、小さな単位でみれば、1秒前までの人生を背負って私たちは生きている。

人間て、案外タフな生き物です

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
生きるという事  とらトラ虎之助-ニャンでもない日常 それが幸せ-/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる