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zoom RSS 「許す」ということ

<<   作成日時 : 2012/10/23 12:28   >>

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「許す」ということが私の最近のテーマにもなっています。

「許す」ということと、「見て見ぬふりをすること」「無視すること」とはまったく違います。

生きていくうえで、多かれ少なかれ誰にでも「ルール」というものがあります。

何か作業をするときの段取り、日常生活での行動の順序、物をどこに置くか・・・etc

全てが、個人個人のルールにのっとっているものです。

そんなの決まっていないよ。という人もいるかもしれませんが、もし何も決めていなければ、何も前に進みませんし、何も出来ません。

もし、「相手に全て合わせる」ということであれば、それはそれでその人の1つの「ルール」なわけです。

そんな、ルールの中での生活。
1人のうちは誰もルールを侵したりしませんので、とても快適な生活です。

自分のルールの中で自分が生活するわけですから、当たり前ですね。

ところが、まったく違った環境で生活してきた2人がともに同じ空間で生活しようとすると、それぞれのルールの違いから衝突が起こります。

どうして、ここをこうしないの!?
どうして、ここにこれを置くの!?
これは、この順序が当たり前でしょ!?
どうして、いつも自分ばっかり頑張っていなければいけないの!?

それぞれが当たり前だと思って守ってきたルールが当たり前ではなくなるわけです。

そこで必要になってくるのが、「許す」ということ。

ルールが違っている相手を、そこにいないものとして無視をしたり、ルールが違うことが気になって気になって仕方がないのに見て見ぬふりをしたり。
これだと一時的には、解決しているように見えるかもしれませんが、また同じところで衝突し、何の解決にもなりません。

きちんと、“異なっている”ということと向き合い、相手を理解し、そして「許す」ということ。
場合によっては、どうしても許せない場合もあるかもしれません。

一方的に常にこちら側が許さなければならないということはないわけですから、相手がこちらを「許す」ことも必要です。
大切なのは、きちんと向き合うこと。
向き合えば、次の手が見えてきます。

ただ、最近、この「向き合う」「許す」ということには、自分の中での心の“余裕”が必要なのではないかと思うようになりました。

『心が狭い』

という言葉がありますが、あちらのことを思って気を遣い、こちらのことも思って気を遣い、また違う方向へも注意を払い・・・なんて、いつも自分以外の他者のことで心が一杯だと、心が窮屈で言葉通り、「心が狭い」状態になってしまいます。

人間関係を円滑に行う上で、人への気遣いももちろん重要です。

しかし、時には他者を思う心のスイッチをOFFにして、自分がどんなことをしたいのか、何を思っているのかを感じる時間も必要なのだと思います。

私自身、どちらかといえば心のスイッチはONになっていることが多く、自分以外の誰かがそこにいれば自動的にスイッチONになってしまいます。

ただ、「許す」ということをテーマにおいてからは、心のスイッチをOFFにして、「今日は私のためだけの時間!」と、自分に時間を費やし自分に優しくなることも必要なのではないかと思っています。

自分のための時間を作ると、他者が心から抜けるわけですから、心の中に余裕が出来ます。
そうすると、自然と次は人に優しくなれるのです。

自分に優しくできると、次は人へも優しくなれる。
自分を大切に出来る人間は、人も大切に出来る。

よく、「まずは自分のことから」といいますが、その言葉の意味がやっと少しずつわかってきたような今日この頃です


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