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zoom RSS 「9.11」の思い出

<<   作成日時 : 2014/09/15 10:49   >>

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朝晩、虫の音が心地よくなってた今日この頃です。

さて、皆さんは、

『9.11』

という日付を聞いた時、どのような出来事を思い出しますか?

アメリカでの同時多発テロ。

東海豪雨。

記憶に新しく、多くの人々を巻き込んだ出来事といえばこの二つが挙げられます。

その他、各々で色々な思い出のある日なのかもしれませんね。

そして、私にとっても、個人的に大きな思い出の日となりました。


それは、「お婆ちゃんの大往生」の日。

遡ること1ヶ月半程前、実家の両親から「もう長くはないとお医者様から言われたから」という連絡は受けておりました。

自分に何が出来るのだろう・・・・

と思った瞬間にパステルを手に取っていたことを今でもはっきりと覚えています。

そして、描いた絵は、『蓮の花の上に立ちニッコリとほほ笑む仏様』の絵。

安らかに最期の時を迎えられるようにと、傍らに飾ってあげました。

「ずっと、その絵を見ているんですよ

そう教えて頂いた時には、気恥ずかしさもありましたが、言い知れぬ喜びがあったことも覚えています。


そして、先日、

98年という、長い長い生涯を閉じる日となったのです。
最期のお顔は仏様のように穏やかで、まさに眠るような最期だったと聞いております。

ここで、歴史に疎い私は、98年前の大きな出来事といえば?と、旦那様に聞いてみました。

返ってきた言葉は、

「ロシア革命」

う〜ん・・・・学校の歴史の教科書で出てきた出来事・・・?
という感じです。

それほど長い人生を歩んできたお婆ちゃんには、改めて感心と感謝の気持ちが湧きました。


私の実家での葬儀は正式な仏式です。

手順よく通夜・葬儀が進む中、私自身、初めて知ったことなのですが、仏式では、『清めの塩』という発想は無いそうです。

よく、記帳の時に頂ける紙袋の中に、お手拭きとお塩が入っていますよね?
あれは、来てくださった方々が自宅に帰られた際、自宅へ入る前に、身に振りかけて、「穢れ」を「清める」ための塩なのです。

一般的に、「死」というものは、「穢れ」という発想をされます。

そして、『穢れ』という発想があるから、『清める』という発想も生まれるのです。

しかし、仏式では、「死」というものは、「穢れ」ではなく、むしろ、その命に「肖る(あやかる)」という発想。
肖るというと変な感じがするかもしれませんが、特にご長寿の方の葬儀の場合は、その「ご長寿」ということにあやかるのです。

肖って、自分も長寿を全う出来ますように・・・と。

そして、「49日」という時を経ることで、残された私たちは、亡くなった方の「死」を少しずつ受け入れていく。
その為に、49日という時間が必要なのだそうです。


『生老病死』

人は、生まれてきたからには、その後は必ず1年に1歳ずつ年老いて、そして病気になり、死を迎えます。

これは、どんなに時代が進んでも、科学や医療が発展しても変わることのない生命の営み。

日々、患者さんを診て医療研究をしているお医者さんでさえ最後には亡くなるのですから、そういう意味では、誰でも一緒です。


そういう、『死』、『命』ということに関して、今回の出来事を通して最後にお婆ちゃんから教えて頂いた気持ちが致しました。

だからこそ、今を懸命に、そして、出来ることを精一杯して生きていきたいですね


喧嘩をしたこともあったけれど、長い間本当にありがとう。

そして、お疲れさまでした。

ゆっくり休んでね


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