持ちつ持たれつの関係

人と人との関係は、持ちつ持たれつだといわれます。

しかし、時々私は、「そうかなぁ・・・」と疑問に思うことがあるのです。

「甘え上手」「甘えベタ」という言葉があるように、誰かに何かを上手にお願い出来る人と、お願いされると断れない人といますよね?

そうすると、お願いしてばかりの人は、誰かに何かをしてもらい続けて世の中を渡り、断れない人は、いつも誰かの都合に合わせて生きていく。
そんな風に感じるのです。

最近でこそ、一呼吸置いて、自分を「軸」としての回答を出来るようになってきましたが、私もどちらかといえば後者の立場でした。

誰かに、「お願い!」と言われれば、「仕方ないな・・・」と、引き受けて、人の都合に振り回されて疲れてしまう・・・なんてこともしょっちゅうありました。

どうしてだと思います?

それは、「断る」ことに対して大きな大きな「罪悪感」を持っていたからです。
そして、人の“お願い!”に応えていることで、そこに自分の“存在価値”があると感じていたからです。

でも、これってつまり、「基準」や「軸」が他人にあるということ。

だから、疲れてしまうのです。

自分自身が、「お願いだから私にやらせて!!」というくらい思いで何かをしているのならば、どれだけやっても疲れません。

それは、自分が好きでやっていることだから。

しかし、お願いされたから仕方なくやる、本当は休みたいのに断ると自分が悪いことをしているようで罪悪感を感じるからやる、という思いでやっていると心がストレスでヘトヘト、クタクタになります。

しかも、そういうお願いをしてくる人ほど、反対にこちらからお願いをしても何だかんだ理由をつけて断ってくる場合が多いのです。

そう考えると、手を貸しているのは何だかこちら側だけですね。

あれ?これって、持ちつ持たれつの関係が成り立っていない。
だからこそ、余計に疲れるんですね。

この間はあなたに手を貸してもらったから、今度は私が手を貸すわ

誰かに手を貸してもらったら、そのお返しに自分が相手に手を貸したくなる。

それが、持ちつ持たれつの関係。

その関係は対等で、罪悪感は存在しないのです。

断ることに罪悪感を感じたら、自分と相手との関係を1歩引いた場所から見てみるのも良いかもしれません。

今、自分が断ることは、罪悪間を感じる程のことなのか。
あるいは、ただの怠けなのか。
今、相手が自分にしているお願いはただの甘えなのか。
何か考えがあってのことなのか。

人というものは、何かをお願いされたり頼まれたりしたときに、その中にある相手の思いを、案外、肌で感じているものです。

持ちつ持たれつの関係が成り立っていると、お願いにも抵抗なくスッと行動をおこせるものなのですよ。

どうしてかって?

何故ならそれは、相手もこちらの気持ちや状況を理解しているし、こちらも相手の状況や気持ちを理解しているからです


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