母親という人の存在感

初雪です!!

しか~し!寒い寒いと思いつつ、大掃除を進めていかないわけにはいきません。

なんというか・・・1年の区切り?

と、掃除を一区切りし、こうしてブログを書いたり、本を読んでいると、ススススっとトラ次郎とクロ之助は傍へ寄ってきます。

定位置は、、クロ之助が私のお腹の上、トラ次郎が私の右側化左側で、顔を私の腕へピタッとくっつけた状態です。

特にクロ之助においては、体重が5キロ程度ありますし、この時期は湯たんぽ替わりで温かいのですが、夏は、「暑い!!!(--〆)」と、投げ飛ばしたくなります。

しかし、二匹とも、そこで落ち着いてゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ・・・・
と、延々と言われると、「まあ・・仕方ないか・・・」と思えてきます。

猫カフェなら大繁盛間違いなしですね

そんなわけで、今もそういう状態なわけですが、そのような状況の中でいつも思い出すのだ、昔から母が言っていた言葉。

それは、

『母は、太陽であれ』

という言葉です。

太陽は、いつもそこに当たり前のようにいて、明るく、落ち着いて私たちに光を照らしています。

その光に照らされているからこそ、私たちはその恩恵に授かり、安心して生きていられるのです。

ま、最近は温暖化等々、人為的な問題も発生してきていますけどね。

つまり、どんな状況・心境であっても、そこに、どーんと落ち着いて居るだけで周りは安心するんだよということです。

母とはそんな存在でいなさいと教えられてきました。

毎日生きていれば、イライラすることも、焦ったりすることもあります。

でも、そこで、自分が焦っていたりイライラしていることを家庭内でそのまま出していると、家族特に子供は敏感に反応し、委縮したり顔色を窺ったり、あるいは子供なりに元気づけようと何かしようとしたりします。

そんな子供たちの気持ちにも気が付けず、「余計なことしないで!」と、怒鳴ってしまってしまうこともありますよね。

でも、それは仕方ない。私たちも人間です。


子供が生まれて初めて親になる。

子供が1歳になると、両親は親として1歳です。
子供が20歳になると、ようやく親として20歳の成人式です。

そう考えれば、少しは気持ちも楽になりませんか?

完璧ではなくても、自分なりに毎日子供なりペットなりを育てている。

その“一生懸命な気持ち”が最も重要なことなのだと思います。

周りが安心するのは、その中心にいる「母」が、どーんと構えて太陽のように家庭を照らしているから

だから、とても重要な存在なのです


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